31 May 2017

そして広島へ


九州全てを周りいざ広島へ
もちろん目指すは平和記念公園。

広島県自体はものすごく発展していて大都会
70年前に原爆を投下され14万人以上が亡くなったという事実は
この平和記念公園以外ではまるで感じられないほどの街並みです。
けれどこの平和記念公園(爆心地)には悲しみと平和の祈りが
そこにいるだけでどの人の心にも感じられてきます。

原爆資料館に入館しまず最初の写真は
壁一面に映し出された投下前の爆心地の街並み。

そして中へ入ると跡形もなくなった丸焦げの爆心地。
その対比がとても衝撃でした。

そして爆撃後の遺留品などと被害者の方の声が更なる悲劇を目の当たりにして行きます。
資料館を後にする頃にはとても重たい悲しみと、
唯一核爆弾を投下された国であるのに
原発を稼働し9条を改憲しようという
日本の矛盾を感じいたたまれなくなってしまいました。

何かの犠牲の上に私たちの平和が成り立っていることに多くの人たちが気づいてもらえるために一度はこの平和記念公園を訪れていただきたいと強く願います。









日本という島々


ゆっくりと旅をしているとふと立ち寄る町の歴史的背景も知りたくなります。
長崎の原子爆弾や熊本の薩摩藩、水俣病。鹿児島の川内原発。
その土地の背景を知ると全ての見方が変わってきます。

例えば水俣病で被害を受けた水俣市。30年以上前のことですが未だ町の名前を挙げただけで差別されてしまう悲しい背景があります。けれどもその多大な被害があった海辺も大きな美しい景観の公園へと変貌し環境モデル都市としてゴミの分別を24種類と全国でも最も細かいレベルまで分別し『日本の環境首都コンテスト』(日本の環境保護の分野において優れた行政活動を行なっている自治体)において2年連続1位を獲得している町に変貌している。
前回にも挙げたように被害を受けたからこそ大切さがわかる。
全ては何かの犠牲の上で成り立っていると感じます。苦しみを味わったからこそ人の苦しみがわかるように...




そして川内原発。
日本一危険な原発と言われているその背景には桜島や霧島山などの最も活動な活発な活火山が近くに存在しているということ。


日本人であるのに色んな歴史を教科書のテストのためでしか脳裏に記憶されてなかった自分がとても惨めに感じました。

その土地に染み付いている歴史はその街や人々を形成していると肌で感じます。だからこそ旅と歴史を知るということはセットでなければいけないのだと初めて気づかされました。



15 May 2017

自然災害

 長崎から佐賀へ、そして熊本へ。
佐賀では3000年もの間生き続けている樹木に出会いました。
佇むオーラが半端なく神々しく、神様と出会ったような感覚を覚えました。


そして震災から1年後の熊本。
熊本城へ。
城壁ぐ崩れ、勿論遠くからしか見ることが出来ず城自体も鉄骨でなんとか支えられているのが伺えます。
崩れそうな石積みを一旦崩し、一枚一枚番号をふり敷地に何百枚も敷いてありました。


そして一番被害の大きかった南阿蘇へ。所々で未だ通行止め。
山に土砂崩れの跡も伺えます。
けれど、ちょうどゴールデンウィークで去年震災の影響で訪れることが出来なかった人で街はごった返していました。街の活気を感じました。
この南阿蘇にある白川水源、こんなに美味しい水を飲んだのは生まれて初めてというくらい美味しい水でした。
美しい山々に囲まれている村なのだと実感です。


そして熊本で一番楽しみだったアンナプルナ農園へ。

有機栽培でお茶を作っているご夫婦の農園。
旦那様の正木高志さんはインド哲学を学んでおられ是非お会いしてお話をお伺いさせていただきたいと以前から思っておりました。

あいにく正木さんは不在で奥さまのちずこさんが快く迎えて下さいました。

あまり深い話はしませんでしたが、
内なる意識の中で生きているような静寂が彼女から感じられておりました。

そして、彼女にわたしは問いかけました。
「人々は何故内なる真実(魂)だけを見ようとしないのでしょう?みんながみんな手を取り合い、外側に平和を願うより、ひとりひとりが内なる魂のみを真実としたならばすべてが平和になるのに」
「わたしもそう思います。」
と彼女は静かに仰りました。

差し出されたとても丁寧に作られたお茶が静寂とともにわたしの身体に染み渡りました。


初九州



山口県からトンネルを抜け北九州、そして福岡県へ。
北海道から来ると何もかもが異なって感じる九州。
街の作りから食文化、人柄何から何まで同じ日本とは思えないほどです。


人懐こい性格なのか旭川ナンバーを見るとよく話しかけられます。
食べものをいただいたり旅の情報をいただき恩恵を得ながら
九州最大の都市博多へ
意外にもうどん伝来の地である博多。
きしめんに似た幅広の麺にツルツルの食感。こちらではメジャーなゴボウの天ぷらが堪らなく美味です。

博多での食文化を大いに満喫し、
長崎佐世保へ。私たちが佐世保を訪れた時、北朝鮮のミサイル問題の真っ只中でちょうどアメリカの戦艦が佐世保に到着していました。
古くから造船業が盛んだった街、そしてアメリカ基地がある佐世保。次に訪れた長崎原爆記念館でとても複雑な気持ちになりました。





現地に訪れると更に日本の辿ってきた歴史を知ることが出来ます。
原爆を落とされながらアメリカの基地を持ち原発を保有する日本。
大昔から争いを繰り返し多くの人が犠牲にになりながら平和とはどのようなものなのかを理解してきた人間たち。
過去の歴史から段々と多くの人たちが理解をし平和を願うようになった現代。
平和とは争いの犠牲の上に成り立っているのだと実感します。

平和への道、
国と国で見れば矛盾だらけ。
人と人でみれば真実のみ。

世の中は国と国から個人から個人へと、平面から点へと小さくなって行っている。

全体で物事を捉えるのではなく、
個人を尊重する。
あなたはどうしたいのか?
誰かの顔色を伺い、誰かに合わせるのではなく、
あなたは誰なのか?