3 August 2016

イベントのお知らせ


8月10日(水)19:00−21:00 当麻町ヘルシーシャトー

会費1000円

にてどなたでもご参加できるクラスが開催されます。
普段お仕事があってご参加できない方やヨガに興味がある方是非ご参加ください。


*普段公民館などでヨガをされている方やフィットジムからのステップアップに、
本来のヨガとはどのようなものか体操から瞑想まで丁寧にお教えいたします。
ヨガに対する概念そして人生のヒントが見つかるはずです。

20 July 2016

インドpart13


食欲が戻らない娘を抱えながらマイクロバスで3時間、プシュカルへ到着。
ジャイプルで宿泊したオーナーの紹介の宿へ。
ここはとても小さな街なのでバイクをレンタルしようと尋ねるもなんと、
ホーリーという北インドではとても有名なお祭りが始まるらしく、特にプシュカルはヒッピーたちに人気が高くガート(プシュカルは「青蓮華」のこと。創造神ブラフマが投げ降ろした蓮華がこの地に落ちて湖が造られたといわれ、叙事詩『マハーバーラタ』ではインド巡礼の出発点になっている。)

に至ってはリシケシに勝るほど美しい景色がそこにありました。
多くの旅行者で賑わっていた理由はもう一つ、北インドでは有名な豊作祈願のお祭り”ホーリー祭り”がこの時期に開催されそれを楽しむために世界各国からこのプシュカルに集まっていました。このホーリー祭りというのは日本のイメージするお祭りとは異なり、大人から子供まで色のついた粉を思いっきり掛け合いをする。そしてそれを洗い流す意味で水鉄砲で水の掛け合いも行われる。
実を言うと私たちは3回目のインドなのにこの時期にここでホーリーが行われるなんて微塵も知らずにここに来ていました。しかもそれがどんなものなのかも知らずに...
いつも小さな町だとバイクをレンタルするのですが何故か一台も空いておらず、どうしてこんなにこの時期に旅行者が多いのか疑問にすら思っていました。
そんなことはつゆ知らず娘の体調はみるみる回復し逆に私の体調がどんどん悪化して娘と夫はラクダに乗ったり楽しんでいましたが私はホテルに寝たきり状態になってしまいました。少し救われたのはこの町はジャイプルほど食事に困ることがないと言うことでした。インド各地を周りましたが人気の場所は必ずと言っていいほど食文化が発達していまいした。ここプシュカルもやはりそうでびっくりするほど美味しいスパゲッティーやピザを食べることができます。
体調も段々と回復しホーリー祭当日になりそこら中でカラーと言われる粉が舞ってインド人も外国人も人種の垣根を越え粉に全身まみれ、踊り、笑い、抱きしめあい、この時の解放感と言ったら、大人になってからは味わうことのできないもの、そしてどこかで求めていたもの、裸で生きているような感覚を覚えました。顔も体も粉まみれになって周りの人たちはもちろんの事、自分自身が何人であるかなんてどうでもよくなる。
最高のお祭りでした。日本でもぜひこのようなお祭りを開催して欲しいですね。
この日だけはなんでもありなんですよ!












そして私たちは恐ろしいほど汚い寝台バスに乗り14時間かけ北インド、ヨガの聖地リシケシに向かいます。


6 July 2016

7月10日

選挙に行こう

自分が自分らしくいられる世の中に

あなたはそのままでいい

あるがままのあなたでいい



14 June 2016

インドpart12

デリーから1度は行きたかったラジャスターン州へ
先ずはジャイプルへ
ジャイプルはピンクシティという赤い城壁が有名で良くインドに来た観光客のデリーからのツアーにもなっています。
あと、本当に美味しいラッシーが(ヨーグルトで作られた飲み物)伝統的な陶器の器で飲める場所でもあります。
ですが、ゴミ箱をひっくり返したある意味インドらしいこの街はとても埃っぽく貧富の差がとても大きい場所でもありお世辞にもいい街とは言えませんでした。
レストランやちょっとした食事をすることも大変で、というのも昔金で栄えた町のようでその名残りなのかものすごくハイソなレストランか地元の人が利用する汚らしいダーバーしかなく苦労しました。
貧乏旅行ですからダーバーを利用するのですが案の定みんなお腹を壊し娘はなんと先に話したラッシーで食中毒にかかり寝込んでしまいました。恐らく生水で薄めていたのでしょう。
何度も嘔吐を繰り返し食事も取ることが出来ずいよいよ病院かとも思いましたが携帯電話を紛失し国際電話がかけられない状況で困り果ててしまいました。
そうこうしているうちになんとか状態も良くなってきたので急いで次なる目的地プシュカルに向かいました。
後で知ったのですがジャイプルの現状を知っている人はデリーから直接プシュカルに向かうようです。
プシュカルは多くの外国人観光客が滞在する場所でありデリーで会った友人もプシュカルを勧めていたこともありバスを予約し3時間ということもあり直ぐに向かいました。
プシュカルでまともな食事をし体調を更に回復したかったからです。







10 May 2016

インド part11

コーチンから飛行機で一旦デリーへ
このデリー滞在で大きなハプニングとミラクルな出会いが訪れます。
それは地下鉄でグルガオンとゆうデリーの新しくできたハイソな街を見物しようと出掛けたところ途中、携帯電話がなくなってしまったんです。もちろんどこで無くしたかなんて分からないし当然盗まれた可能性だってあります。
海外で携帯電話を無くすと先行きに不安をもの凄く感じるものです。
ひと昔はそこら中に国際電話が通話できる電話機があったのですがこの5年で携帯電話の普及率が上がり国際電話なぞ見る影もなくなりました。なので、万が一何かあった時の日本とのコンタクトがなくなってしまったとゆう恐怖と、ガイドブックは持ち合わせていたものの色んな情報は携帯電話のインターネットを頼っていたため(ホテルのブッキングなど)に窮地に陥った状況になってしまいました。
警察に行き経緯を説明しレポートは書いてもらいましたが、もちろん携帯は見つからないまま。帰りの足取りがもの凄く重いまま一旦ホテルへ。
すると何故か毎回インドに行く度にリシケシで出会うスワミ(修行僧)が!しかも首都デリーで。しかも宿泊中のホテルの前で。
どんより気分のミラクルです。
実はわたしの全てを変えてしまった最初のインドで知り合った友人にこの旅の中で3人にも偶然出会ってるんです。
それって何か重要な意味を持っているような気持ちにさせます。
実は先にも話したティルバンナマライでアルナーチャラ山で瞑想中にシヴァ神がわたしの脳裏にドカーンと現れ出てきたんです。
アルナーチャラはシヴァ神が降り立った山と伝えられているのですが、
シヴァ神は破壊のシンボルでもあって、それはオームの言葉の意味の中のひとつ、創造、維持、破壊というものでもあります。世の中のすべてもこの3つで成り立っているわけなんですが...
毎度インドに行くときは、わたしにとって大きな意味を持つことが多く、今回も破壊、つまり新しいことの始まりを予感させて仕方ないシチュエーションがシヴァ神やこの出会いにありました。
偶然あったスワミ、とデリーの安宿街パパルガンジのどう考えても1人だと入ることがない、ここに入った初めての外国人ではないだろうかと思わんばかりのアシュラムへ行き、
スワミとグルジ(僧)と何故かタクシードライバーとわたしでスピリチャルな話やチャンティー(聖歌)を歌ったりしながら、インド人の本質にある信仰心を共有することができましたし、わたしにとって何かが揺れ動いた瞬間でもありました。
そして、そのことは後に携帯と引き換えに大きなモノを得たような出来事でもありました。








6 May 2016

インド part10

アレッピーから世界的に有名な抱擁のグル、アンマのアシュラムへ向かおうと思いました。彼女がいる可能性が高かったのですが、あまりにも世界的に有名で忙しくわたしの思い描く彼女のグルとしての像とは異なるような気がし会いに行くのを止めました。
実はこの前に偶然のように渡印の度に出会う修行僧に今回もデリーで偶然出会いデリーのパハルガンジの小さなアシュラムで神についての話で盛上がった時にグルは夫であり子どもであると言われとても納得したのも、アンマに会いに行かなかった要因でもありました。
なので、アレッピから今度はバスでコーチンへ、そこから更にボートでフォートコーチンに向いました。
フォートコーチンはインドの中でもかなりハイソな都市でキリスト教且つポルトガルに統治されていた歴史もあるだけに他のインドの都市とは似ても似つかぬヨーロッパの街並みのようでした。ホテルからレストランまでとてもオシャレで味も本当に美味しく、インドで初めてとても美味しいと思う料理に出会いました。
ここはカタカリとゆう古典舞踊も有名でインドの歴史を踊りや音楽を通して垣間見ることができます。







ここでホテルの受付けの少年との他愛もない会話からこんな話に発展します。
彼は現在28歳でとても貧しく11歳から働いていて働いたお金をほとんど両親に渡し続けています。お姉さんが2人いるのだけれども、インドの古いしきたりでダウリとゆうものがあります。ダウリとは女性が結婚する時に女性側の両親がお婿さんに持参金を渡さなければいけないとゆうもので日本円にして約200万円程だそうです。それを払う為に彼はずっと働き続けていてこれからも両親にそのお金を渡すつもりでいるそうです。
インドも先にも話した通り経済発展が著しく、彼の家も最近になりようやく貧しさから抜け出せたそうです。
けれども、経済発展と同時に様々な世界中の情報が若者たちにも入ってきます。
彼は毎日同じ生活の繰り返しでとてもつまらないし、何をするにも周りの目が厳しく特別なことをしたら何を言われるかわからない。恋愛も許嫁としか結婚できず、逃げ出したいけど逃げ出す術がないと。
インドは超人口過密都市で都会以外は意外にも日本の田舎のような協調性がないと生きられない部分を持ち合わせています。
経済発展の裏に若者の気持ちの空虚さがとても哀しく、と同時に自分と照らし合わせ、彼と私たちの価値観の歩み寄れない部分を目の当たりにさせられました。









2 May 2016

インド part9

ヴァルカラからバイクタクシーに乗り、コッラムへそこから更にバスに乗り換えハウスボートクルーズで有名なアレッピーへ。
ここでは180年前に建てられたヘリテージホテルに宿泊しました。

もちろんこの場所の目的はハウスボート。船を一台貸切、水郷地帯をクルーズするとゆうもの。





アレッピの生活が舟から垣間見ることができます。更に小さい舟に乗り換え狭い道にも向いました。

途中降りた田舎町のゆっくりと流れる時間を感じそこに住む人々との交流はとても貴重な体験となりました。